「極める」とは

「極める」って?について。

 

小さな頃、両親からは「好きな事、得意なことを極めればいい。」

なんて良く言われたものです。

しかし、私は自分の子供たちにはあまりこのようなことを言ったことがありません。

良い、悪いではなく、理由があるわけでもなく、

どうやら無意識で言っていないようです。

 

改めて「極める」について感じてみることにしました。

例えば、英会話。

英語を話せるようになりたいと願う人は沢山いらっしゃることと思います。

「話す」にフォーカスをし取り組んだ方なら大体はおわかりになると思いますが、

相手が何を言っているのかわからなければ話せません。

会話とはキャッチボールですから。

では、リスニングに取り組もうと試みます。

「あれ?聞いたことがない」と思う語彙に出会います。

あまりにもあれ?が増え続けると、これはボキャブラリーが足りないという事になり、

単語や熟語を覚え始めたりします。

しかし、日本語でも知らない言葉となると日本語に戻り調べる必要もあります。

 

また精神世界の事が好きだからとヒーリングメソッドを学び始めました。

すると何だか脳構造を覚える必要があったり、解剖学の知識が必要になったりしてきます。

おまけにヒーリングセッションとなると伝えるための言葉も必要です。

またセッションであれ、クラスであれ、相手の方の話を理解し、

専門的な内容であればその分野について何となくでも知っておく必要があるわけです。

 

結局、好きな事、楽しいと感じる事を「極めよう」と思っても、

幅広い知識やその他が必要になるのです。

 

何が言いたいのか、、、、

『「1つの事を深く学ぶ」も「様々な事を幅広く学ぶ」も同じ』だという事です。

無駄なんてありません。

 

何をしようが学びや気づき、そして経験になるわけです。

入り口が変わるだけなのでしょうね。

 

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YUKO