そのまま、ありのままの自分とは

ありのまま、そのままの自分とは、、、

一体どのような自分を言うのでしょうか?と質問されたらどのように答えますか?

また、ありのままそのままの自分はどのような自分ですか?と質問されたら?、、、

 

このような質問について一般的に答えるならば(目の前の方によって勿論変わります)

を書いてみます。

 

喜怒哀楽、、、すなわち感情ってありますよね。

私、今怒っている。私、悲しいんだよね。 etc...をそのまま感じてあげること、

これは何度も言っていますがそこに良い悪いはなく、ただ感じてあげればいいのです。

そしてたまには正直に「今、すごく頭にきた」と

押さえ込まずに表現することを自分に許可してあげればいいのです。

(「表現する」です。八つ当たり、相手にぶつけるのではありません)

さて、この喜怒哀楽という感情とは例えばトリガーされて起こることもありますよね?

※トリガーの意味

(拳銃の引き金のように、自身の様々な感情を引き起こす外界からの刺激(言動、映像 他))

トリガーされたと感じたらその感情を感じ、なぜトリガーされたのか?

と自分自身と会話をしてあげること。トリガーは自分自身との会話のチャンスです!

 

さて、ではそのままありのままの自分って!?

それはトリガーが減ってきた時に存在すると思います。

勘違いのないように、トリガーされないように自分自身を偽る、

守ると言っているのではありません。

トリガーをされ自分自身の感情が動くのが怖いから

感じないつもりになっているわけでもありません。

人のことばに耳を傾けます、様々な人生観(経験)を共有します、正直に表現します、、、。

しかしトリガーされ、感情が過剰に動くことがなくなるような、

そのような状態に知らず知らずのうちに(コントロールせずとも)なっている状態、

それが、そのままありのままの自分自身になってきたのではないでしょうか?

感情に関しては喜、怒、哀、楽というように区別が出来なくなっているようなイメージです。

 

しかし、よくここで更なる誤解が起こりますが、

どちらが良い、悪いではありません。

成長段階を問うものでもありません。

感情をそのままを感じ自分と会話をするステージ、

感じ方を正直に表現するステージ、

ありのままそのままを表現するステージ etc...

(ここでは「正直「から「素直」なステージがあるようなイメージでしょうか)

様々なステージがいくつも存在するのです。

 

そして更に1ステップ。

様々な人生のステージを今はこのステージだから次のステージに行くぞ!と

まるで成長過程に高低があるように決めつけないことです。

なぜなら、目の前の誰か何かに対して感情を正直にそのままを表現するステージに行く必要も、

そして別のステージに行く必要もあるのです。

 

私の考えるそのまま、ありのままの自分とは

『柔軟に何者にでもなれる』ということです。

 

All My Relations,

YUKO