もったいない

18日間の旅の中では本当に様々な気付きがありましたが、その中のひとつ「もったいない」についてシェアします。

私の両親はいわゆる団塊の世代、どちらも戦時中を生き抜いた者のひとりです。小さな頃から「もったいない」ということばを本当に何度繰り返し言われたのかわかりません。

食事中食べ残そうとすると「もったいない」、電気の付けっぱなし、水道の流しっぱなしを見つければ「もったいない」そんな両親のもとに育ったので私も子供達には何かと「もったいない」を言い続けたものです。それはもう呪文や口癖のように。

実はその「もったいない」にフォーカスする機会がこの旅で訪れました。

実は旅に出発する数日前に念願の一眼レフカメラを購入したのです。実際購入したものは本当に自分が欲しかった物ではなくモデル落ちした若干古いタイプの物でした。随分迷いましたが、18日間の旅に出る直前でもあり出費もかさむし「もったいないから、、、」という気持ちで購入したことを今でもはっきりと覚えています。

そして旅がスタートし5日目だったでしょうか、レンズがしっかりとはまっているにも関わらず、「レンズが認識できません」とのサイン。何度も何度もはめ直しましたがそのサインは変わりません。幸い購入し一ヶ月未満だった為、返品可能であり全額リターンはされます。それでも「あー、もったいない」と無意識に感じていたと思います。

ちょうどカメラが使えなくなった頃、静かで人が殆どいないような大自然の中にいましたのでこの「もったいない」とは何か?について見つめてみました。「もったいない」ということばを発する時というのは気持ちが重いことがほとんどである、これはわかります。そしてその場でわかった事は、

「もったいない」とは「持つに耐えない」、、、「持つことが耐えられない」ということでした。

「持つことが耐えられない」、、、耐えられないのだからシンプルにそのまま離れていってくれるのです。

例えばお金がなかなか貯まらない方、使う時や支払う時など「あーあ、もったいないな」と思っていませんか?

私が知るお金持ち(彼らは自らをお金持ちだとは決して思っていませんし、漂わせたり、自慢したりもしません)からはそう言えば、「もったいない」ということばを聞いたことがないかもしれません。

食べられることに、支払えることに、使えることにシンプルに一言「有難う」で如何でしょうか?

「有難う」という気持ちで再度オーダーした本当に欲しかった一眼レフカメラは火曜日に手元に届きます。

素晴らしいメッセージを感じられたこの機会、そしてこのメッセージに感謝します。

All My Relations,

YUKO