器もない

ここ数日「求める」に関わる内容をブログでシェアさせて頂いています。

今日もそれに関わる内容となります。

 

この「求める」という内容に関してブログを連続してシェア出来るのは

ある方とのセッションによるものです。

その内容をブログにあげようという想いに駆り立てられ現在に至ります。

(勿論その内容(メッセージ)はその時に受け取った内容です)

このような内容をシェア出来る流れをつくって下さったAさんに感謝します。

 

では続きを、、、、

 

「求める」ということが自然に出来てくると謙虚になってきます。

自分自身には何もないのです。

 

イメージしてみて下さい。

何も持たない自分自身を。

しつこいようですが、繰り返します。

 

自分自身には何もないのです。

 

つまり与えられてもそれを受け取る「器」すらありません。

 

何を言いたいのか、、、、

求め、与えられても

それは自動的に皆に広がるのだということです。

 

自分自身が求めたことが

皆に自動的に広がるのです。

 

なぜなら与えられたものを受け取る「器」がないからです。

「器」がないので、

その中に留まることなく、広がるのです。

 

これが大いなる存在からのエネルギーシステムのようなものです。

 

自分と他人との間に境界線はありません。

 

自分自身のために求めたようで、

実は皆のために広がっているのです。

ここでは省略しますが「委ねる」にも結びついていきます。

 

Aさんのセッションで受け取った大いなる存在からのエナジーが

このようにこの場からも広がっているように、、、。

 

「これは新たなステージに進んでいる証です」とAさんに改めてお伝えしておきます。

 

大いなる存在からのエナジーは自分自身に留めようと思っても辛くなるだけです。

なぜなら「ないもの」(=器)を無理やりつくろうとするからです。

 

器を取り去った時に感じる完全なる一体感がそこにはあると思います、、、、。

 

ないものをあると思い込み、作り出し、もし辛くなってきたのであれば

もとの「ない状態」に還る時なのかもしれませんね。

 

そこで改めて見つめた景色は、

以前感じていた「ない状態」とは違う風景として間違いなく映ることでしょう。

 

All My Relations,

YUKO