尊敬、憧れ

本当にブログを書くのが久しぶりです。こちらアイダホは早いものでもう初夏です。

最近の日の入りは平均20時30分頃とすっかり日も長くなりました。

そして合わせて明日からはFinal Week!学期末の最終試験の週に突入します。

 

さて、今日は尊敬、憧れ、、、について書いてみます。

私の身の回りにも尊敬出来る人々は沢山存在します。

現在日本語猛特訓中の言語学の教授(彼は既に26ヶ国語を研究し6カ国は話せます)

ショショニ語(ネイティブアメリカンの1部族の言葉)を教えてくれるインストラクター、

(彼女は自分たちの文化や考えを熱意をもって話してくれます)

アメリカ人なのに日本の古文に魅了されて勉強し続ける親友、

(彼はいつも大きく重い古文辞典を持ち歩き暇があれば読み続けています)

そして勿論、いつも大らかで努力が大好きな主人、、、、様々です。

 

私はこれらの皆さんを「尊敬」しています。「憧れ」ではありません。

彼らの「人格」を尊敬しています。

能力やステイタスではなく「人格」です。

別な言い方をするならばそれぞれの「生き様」を尊敬しています。

物事に取り組む姿勢や人に対する対応 etc....

彼らの生き方を尊敬しています。

 

言葉を入れ替えてみます。

例えば「私は主人に憧れています」?????ではないでしょうか?

「私は主人を尊敬しています」になります。

 

「憧れ」とは自分には現在ないであろうと思うものを追い求めるようなそんな感覚。

相手の人格や生き様が良くわからずとも抱くことは可能です。

アイドルや俳優、スポーツ選手への憧れなどです。

華やかな1面だけを見ている感じです。

 

しかし「尊敬」とはその人を知り、生き様を感じ、

そこからの刺激を自分自身の人生に生かすというような感じです。

 

「憧れ」はマイナス(欠乏)を補おうとする感覚。

「尊敬」は新たな広がりを生み出すような感覚です。

 

「憧れ」は長続きはしません。新たなマイナス、欠乏を生み出すに過ぎません。

それに比べて「尊敬」は持続し続けます。

30年以上も前になりますが私は当時の部活動の顧問を尊敬し続けています。

 

人間関係が変化し、今まで連絡を取り合っていた人々との関係が

急に疎遠になってしまったり、またモヤモヤする何かを感じるようであれば、

もしかするとそれは「尊敬」ではなかったのかもしれません。

勿論、良い悪いではありません。

 

尊敬出来る人々、、、そこに肯定や否定、ジャッジする気持ちは存在しません。

 

All My Relations,

YUKO