自分自身を尊重するとは

 

昨日のブログでもお伝えしましたが、

今日は「自分自身を尊重するとは」についてです。

 

さて、身近に尊重出来る存在はいますか??

両親? パートナー? 先輩?、、、誰でもいいです。

まずはイメージをしてみて下さい。

 

その尊重出来る存在に対して

「この人ダメダメだな。」

「もっと頑張って欲しいよ。」なんて思いますか?

 

また逆に、

「そんなに頑張らなくてもいいよ。」

「自分に厳し過ぎるよ。」

「もういいんじゃない?」

なんて言いますか??

 

私でしたらどちらも言いません。

もし声をかけるとしたらどんな言葉をかけるでしょう?

 

「あなたなら(君なら)、きっと出来るよ。」

という言葉だと思います。

 

そこには嘘とか、お世辞とか、とりあえずその場しのぎだとか、

相手を安心させるためにとか、、、、etc...

そのような気持ちは一切存在しません。

揺るぎなく、疑いもなく、そう感じるから出たまでです。

そしてこれが「自分自身を尊重する」という事です。

 

つまり自分自身に自分から

 

「私なら、きっと出来るよ」

 

と言えるかどうかです。

 

どんなに失敗をしても、くじけそうになっても、

諦めそうになっても、惨めになっても、、、、

「私はまだまだだ。」という言葉ではなく、

だからと言って「もう頑張ったじゃない」と

甘やかすことなく、変に労うことなく、、、

 

何故なら、頑張っているのか?それともまだまだなのか?なんて実際にわかりますか?

人に言われれば頑張っているような気もする、

しかし、まだまだ足りないような気もする、、、と実は曖昧なものなのです。

自分自身が曖昧な事は他人にもその判断はつきません。

 

ですから本質の自分自身が望んでいる「何か」に対して(これは意識ではわかりません)

そっと、「私ならその望んでいる「何か」がきっと出来るよ」と言ってあげて下さい。

 

過去の経験を基にした脳データにより、勝手に顕在意識で制限を設けないように。

 

「まだまだ」は本質の自分自身は納得しているのにも関わらず、

顕在意識により何らか執着をしているのかもしれません。

 

「もう頑張った」は本質の自分自身は納得していないにも関わらず、

顕在意識が勝手に思い込ませようとしているのかもしれません。

 

「私なら出来るよ」と伝え、本質の自分自身が望んでいることをやらせてあげる事、

これが自分自身への尊重です。

 

「私なら出来るよ!」

是非声に出してみて下さい。

本質の自分自身が納得し何らかをやり遂げた時には、

本質の自分自身から「有難う」と湧き上がるような感謝が顕在意識に届くはずです。

 

All My Relations,

YUKO