Yes and No

先週、大学の授業の課題としてプレゼンテーションをしました。

私の課題は「日本語のイエス、ノー」についてです。

日本語にはとても特殊なイエス&ノーがあります。

 

例えば

Aren't you going to the party tonight?

今夜、パーティーに行かないでしょ?

英語では行くのであればYes

行かないのであればNoですよね。

 

しかし、日本語では

行くのであればノー(ううん、行く)

行かないのであればイエス(うん、行かない)。

この種の否定疑問文を英語で言われた時にはしばらく戸惑うものです。

 

さて、全世界で話される様々な言語達、

言語にはその国その国の文化的背景があります。

日本人というのはこのイエス、ノーを1つの例として考えると

イエスかノーかに対してとても敏感なのではないかと思います。

なぜそのように感じるのか、、、

通常の疑問文では行くならイエス、行かないのであればノー、

しかし同じ内容を否定疑問文で質問された時には使い分けなければなりません。

否定疑問文のイエス、ノーに含まれる日本語の意味とは皆さんご存知の通り、

イエスというのはYou are right.(そう、その通り)

ノーというのはYou are wrong.(違うよ)

と相手の観点(視点)で応えているのです。

 

自分の観点から、そして相手の観点からのイエス&ノー、

私たちはそれらを自然に使いこなしているんですね。

アメリカ人の友人は勿論、クウェートやサウジアラビアのクラスメートも

「どうしてそんなことするの?」という感じの反応でした。

 

さて、何がいいたいのか。。。

Noと言える子育てを、Noと言える日本人になろう、、、等と言われていますが

日本人は全体的に自分自身の観点から相手の観点からと自由自在に観点を変えることで

無意識でNoと言わないようにしているのではないか?という事です。

 

もしそうであるならば、それは日本らしい文化の1つ、

ノーと言えないのではなく、

ノーと言わない

というように捉えてみたら如何でしょう。

 

現在次々とこの世に誕生してい魂たちは

どうもこのようなノーと言わない選択をしてきているような

そんな気がするのは私だけでしょうか?

 

All My Relations,

YUKO